バスでの出来事。運転手さんの優しさ。

少し前の出来事。

最初にことわっておきますが、これは別に心温まる話というわけではないです。

私は嬉しかったけど。

 

長男とバスに乗る

 

ある雨の日。

 

長男と二人でバスに乗っていた。

バスの降車ボタン。あれはなかなかの曲者だ。

 

よくある話ではないだろうか。

子どもが押したがる。

長男も御多分に漏れず。

だから降りるバス停で押せるようにスタンバっていた。

通過するすべてのバス停を覚えている長男なので、どこで降りるのかもきちんと把握している。

押せる、、はずだった。でも。

 

すごく早い人がいたんだ。

次は○○○○~ ピンポーン!

アナウンスが流れ出したらすかさず押す人がいて、長男は負けてしまった。

 

「…あれ? ぼく押したかったのに…」

最初は小声で呟いた。

しかし次第に状況を把握するにつれて、、大声になっていく。

「ぼく押したかったのにー!」

バス中に響き渡る。

 

こうなると、、バスから降りないと言って停留所についても椅子に座ったまま動かななかった事もある。

その時は字面通りバスから引き摺り下ろした。

 

でも、時々、我慢できる時もある。今回もそうであってくれと願った。

 

「降りる人が他にもいたんだよ。その人が先に押したんだね。押したかったけど、残念だったね。」

というような言葉をかけたかと思う。

「えぇ? 押したかったのに…」

私たちが下りるバス停は終点に近い方なので人もあまり乗ってない。(ですが降りるバス停は結構降りる人が多いので、先に誰かが押してしまうことも多い)

そんなバスの車内に長男の(もともと)大きな声は響いていて、バス中の人に聞こえていたかと思う。

 

ちょうどその時、このバスは新人バス運転手さんの運転だったのか先輩運転手さんがもう一人乗っていて、長男のことに気が付いたらしい。

長男の所に来て「押したかったの?ちょっと待ってて」と言って運転席の方に歩いていき、降車ボタンの解除をしてくれた

えええ、そんな事してくれるの? 少し驚いた。。

「これで押せるよ」先ほどの運転手さんが来て、長男に言った。

長男は… 「押さない」

オイオイオイ、、押したいって言ってたでしょ…! せっかくの人の好意を…

もうここから果てしない押し問答が始まって収拾がつかない状態でバスを降りなければいけなくなるかと思った。

でも長男、「やっぱり押す」と押した ♪

よかった。ここで切り替えられることは成長だなぁと感じた。

 

こうして、運転手さんも長男も私もめでたしめでたしで降りることができた。

優しい運転手さんが(今回たまたま運転手さんが二人乗ってたのもあるけど)いるもんだ。

ただ、長男には念を押しておいた。

「自分がボタンを押せないこともあるんだよ。たくさんの人が使うバスだから。」

「今回は、たまたま優しい運転手さんが押させてくれただけ。特別だったんだよ。ありがとうだね。」

と。

いつもそうしてもらえると勘違いしたらもっと長男が混乱するから。。。

 

バスじゃないけど、スーパーのレジ担当の方もたまにバーコードをピッてやるのをやらせてくれることがあって、もちろんその優しさには感謝するけれども、私は正直、長男にはやらせたくない。

バーコードの機械はお店の人が使うもの。

そう決まっていた方が長男は混乱せずに済む。

やりたくてもやれない状況がある。混んでいるときとか。店員さんによっても個々人の方針の違いとか。

臨機応変にできない長男にはそこにまた、

混んでいるとき(具体的には後ろに並んでいる人いる時)はできない。やらせてくれない店員さんもいる。

という新たなセオリーが必要になってくる。

それが子どもの学びなんだと言える親御さんはすばらしいと思う。

でも私にはそんな余裕…ない。

混んでいるときはできないと言って素直にそれを受け止める長男ではないだろうし、そのたびに騒いで…を何十回と繰り返すエネルギーは私にはない。

正直、ただでさえ長男とは二人でスーパーに行きたくないくらいの気持ちなのに。

すみません、なんか愚痴っぽい方向に話が行ってしまったけど、バスの件、運転手さんの優しさが私は嬉しかったです。

 

*

 

4歳になった頃くらいから時計が読める長男。

時計が読めると「〇時〇分に何々するよ」とか「〇分まで遊んだら帰るよ」というのが伝わって事がスムーズに運ぶことも多くて助かってる。

日曜に夫が朝遅くまで寝てた時に聞こえてきた父子の会話。

長男「お父さん起きてよー」

夫「あと10分寝たら起きるよ~」

長男「じゃあ8時35分になったら起きてね」(現在時刻8時25分)

時間の計算できるようになってる!!

衝撃でした。

幼稚園のお母さんたちに「天才」と言われている長男。(もちろん冗談で)

今回は私も天才かと思いました。

幼稚園は勉強いっさいなしの園で、私も特別教えたわけでもないのに。

振り返れば文字も数もいつもいつのまにか覚えていた。

こちらは時々、聞かれたことに答えているだけ。

なんて楽なんだと思う一方、日常生活の中では響きにくい部分も多々ある。

これが発達の凸凹なんだろうか。

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