10月の振り返り。

先週末は、私の実家に家族で帰省していました。

父が割と大掛かりな心臓の手術をして入院中、そして祖母も大腿骨骨折で入院しているので、二人のお見舞いに。

息子たちを連れて行った方が喜ぶので連れて行きましたが……

大きな病院ていうと当然エレベーターがあるので、息子たちは祖父や曾祖母(私の父と祖母)に会う事よりも建物を探索したくて病室にあまり居られず…かえって寂しい思いをさせてしまったかな。。

個室なので大丈夫かなと思っていたのですが、やはり扉を開けて廊下へ出て行ってしまうのでどうしようもないですね…。

階段の位置を確認しに行くのに付き添ったりしていると、私も落ち着いて父と話す時間が長くはとれなかったです。

 

特に次男は、先日幼稚園のお祭りに行った時もかたくなにホールや保育室の中には入らず、園庭か廊下をずっとウロウロ。

長男の3歳の時と似てます。やはり兄弟は似るのか。。

 

10月の振り返りです。

長男

地図にはまる

路線図にはまっていたスイだが、最近は地図がブーム。

街を歩いていて地図の書いてある看板や掲示板を見ると立ち止まりあれこれと私に質問してきたり「ここは〇〇だね」などと言ったりして興味深く見入っている。

特にこだわっているのが車のカーナビ

縮尺を変えられるのを知っているので、その時にいる場所によって「もっと詳細にして」「広域にして」「あっ、〇〇駅があるよ」などと、、とにかくうるさい。こっちは運転してるんだから、そんな頻繁にカーナビいじってたら事故るわ!って思うんだけど。

カーナビをいじるのは赤信号で停車しているときだけ、っていうのをその都度言っているので、少しは待ってくれるようにはなった。

ちなみに、なぜ現在地によって縮尺を変えたいかというと、縮尺によって画面に表示されるものが違うから。

今いる交差点の名前を見たいときは「詳細の地図」、現在地からすこし離れたところにある駅名を確認したいときは「広域の地図」というふうに。

まあ、地図ブームがなくてもずっと喋ってるのは同じ。

家族4人で車に乗ってて、喋る割合でいったら夫5、私5、次男2、長男88くらい。笑

声量のコントロールが苦手な上、地声も大きいので、「ちょっとしばらく黙っててくれ!」って言いたくなる。

病院や静かなお店でも構わずに大声で話す(しかも多弁)ので、小さな声で話すように言うと急にヒソヒソ声に。

大声orヒソヒソ声って感じで、その中間がない。。

話がそれたけど、いつまで続くのか地図ブーム。

 

仲良しの女の子

9月の振り返りの時に書いた、急速に仲良くなった女の子。

そのうちの1人のEちゃんとは、今も幼稚園でずっと2人で遊んでいるらしい。

先日、放課後にEちゃんを含めた複数の親子で公園に集まって遊んだことがあったのだが、その時もEちゃんと一緒におやつを食べたり、手を繋いで芝生を走り回ったりしていた。

私が離れたところから二人を観察(笑)していたところ、、どうもEちゃんが色々とスイのことを構ってくれているようだった。

スイの水筒を持ってきてくれて一緒にお茶を飲んだり、芝生に寝転がっているスイに話しかけてくれたり。

スイは年齢よりも幼くてほんわかしているタイプなのでお世話のし甲斐があるのかもしれない(笑)

そんなふうにスイを構ってくれてとても嬉しく思っている。

 

兄弟げんか

すぐに勃発する兄弟げんか。

その原因のほとんどは、物の取り合い。

放っておくと、次男が倒されて頭を打つ、次男が階段から転落、長男が噛まれる、兄弟で顔を引っ掻き合うなどの事態になるので見守りは必要だと感じている。

たまに、夫に2人を任せて私が他の家事をしていると…2人の顔が傷だらけに。。

けんかは、寝るときまでも。母の右隣に誰が寝るか、今度は場所の取り合いだ。1日交代制にしてから、少しはましに。てか左隣はなぜダメなの!

 

書く、描く

詳細な絵を描くようになってきた。

人を描く時は、手の指の5本はもちろん、足の指もしっかり5本描いている。普通、足の指は省略する気がするけど。

文字は、ひらがなが上手になって書き順も合ってきたのと、漢字や英単語を見よう見まねで書き始めた。

英単語といってもごく簡単なもので、sixとか。

Eテレの『えいごであそぼwith Orton』も好きだし、習い事で英語をさせてあげたら喜ぶだろうなぁと思いつつ、そんな時間もお金もない。。

ワーク的な物は、こどもちゃれんじすてっぷ等を時間があるときにやっている。書き順はこれでだいぶ修正されてきているかな。

 

ゲーム

どうぶつしょうぎ、夫とよくやっている。ルールは完全に理解した様子。きちんと勝負になってきて、”手加減した夫”になら時々勝てるようになってきた。

負けたら悔しいみたい。

私、将棋は小学生の頃に覚えて時々さしていたんだけど、まあ、、勝てない! 4つ下の弟にも勝てない。もちろん父にも勝てない。夫にも勝てない。

私の頭では2手先を読むので精一杯(笑)ビジュアルで考えるタイプなので2次元ならOKなのだが、頭の中の将棋盤を3次元で考えるというのが苦手で。。

そんな私が今のスイになら勝てるのでちょっと嬉しい。どうせすぐに勝てなくなるんだろうけど。。。

ルールの説明書に「待ったはしない」って書いてあるのが、「マッタ、ハシナイ」だと思って不思議がっていた。

 

ゲームは他に、すごろく・クイズ・なぞなぞなんかも相変わらず好きでよく誘われる。

 

幼稚園のお迎えスムーズに

あれほどイライラさせられていた延長の後のお迎えが、私が諦めの境地に立った途端にスムーズに行き始めた。

お迎えの時は

  1. 片付け
  2. 上履きを靴箱にしまう
  3. ロッカーからリュックなどの荷物を持ってくる
  4. 外靴を履く
  5. 先生にさようならの挨拶

という流れ。これまでは一つ一つにひどく時間がかかり、途中で脱走したり、職員室へ行って先生から離れなくなったりし、先生がわざわざ門の外まで送ってくれたこともしばしば。

荷物も先生が持ってきてくれて、靴も私に履かせてもらう。その間も廊下に寝転がる、せっかく履かせた靴を脱ぐ等、散々。

できないわけではないのだが、一度悪い流れを誤学習してしまうとそこからなかなか抜け出せないところがあり、ここ1年くらいはずっとそんな感じが続いていた。

それが急にすべて自分でできるようになったのだ。もちろん何か忘れたり、ふざけたりする時はあるけれども、以前のように自分でも何が何だかわからなくなってる状態ではなくなった。

きっかけは何だっただろう?

考えられるひとつは、私がイライラしなくなったこと。仕事が終わってから甘いお菓子を食べたりコーヒーを飲んだりしてお腹を満たしてリラックスしてからお迎えに行くようにした。今までは私の負の感情がスイに伝わって余計にスイの心を乱していたように思うので、これが功を奏したかもしれない。

もうひとつは、頑張り表のようなものを作ったこと。お迎えの時に片付けや自分で靴を履くことができたらシールを1枚貼れる。シールが15個たまったら大好きな地下鉄に乗れるというもの。

実はこの表は、作ってから二週間程は見向きもされなかった。さて、そろそろ捨てようかな…と思い始めていたある日。急に「今日はシール貼ろうね!」と言って片付けなどをすすんでやり始めたのだ。

…捨てなくてよかった。。

それ以来、自分からすすんでやれるようになった。

何か、行動を変えるきっかけが欲しかったのかな? そう感じた。

スムーズになったと言っても、ほかの子達に比べればまだまだゆっくりだけど、私はだいぶ助かる。

 

次男

シートベルトを勝手に外す

これは帰省の時も後部座席で何度もやられて参った。

外してそのまま座っていたり、立っていたり。気づいたらすぐに再度ベルトをしているんだけど、またしばらくすると外してる。。

運悪く外してるタイミングでブレーキをかけると軽く吹っ飛ぶから本当に危険。

週末の帰省の時にもやられた。夫と私と二人いたからいいものの、、一人で帰省(長距離運転)はできんな。。

しかも、外していない時に長男が「リンちゃん、ベルト外したらダメだよ」とかわざわざ言うもんだからそれでリンがベルトのこと思い出してまた外すし…。

ロシアのルリヤという心理学者の研究で”発動機能”というのがあるそうだ。「ボタンを押すな」というと押してしまう。発語そのものが行動を触発するというやつ。まさにそれだよそれ。何も言ってはいけません。。。言葉の力ってすごいんだよ。

 

ハサミ上手に

手先が器用になってきたのか、ハサミで紙を切る時の危なっかしさがなくなってきた。

もう自分の手を切らなそうだからほっといてみたら20分くらい集中してハサミで紙を切ってた。

 

食事の時の食べ歩きがひどい

これはもう、歩き始めたころからなのだが。

椅子に座ってご飯を食べるということがなかなか難しい…。

スイは食事中は立ち歩かない子なのだが、最近はリンにつられてしまうこともある。

しかも、人のお皿のものを食べるとか、人のカトラリーを奪うとか、どんだけジャイアンなんだよ。。。

 

せっかくが口癖

最近の口癖は「せっかく」。

「せっかくリン君が遊びたいのにぃ」

「みかん食べたいよ、せっかくー」

「せっかくー」←単体使い

日本で一番「せっかく」を使う3歳児だと思われる。

 

*

 

86歳の私の祖母は、2年前に脳梗塞になるまでは自転車にも乗れるくらい元気でした。

90超えても自転車に乗ってるんじゃない?って思ってました。まだまだ元気で長生きするだろうなって。

 

脳梗塞になってからは、体が思うように動かなくなったのはもちろん、言葉も思うように喋れなくなり、被害妄想もひどくなりました。テレビを見ることもなく、好物だったお菓子も食べなくなり、ただ一日中ベットで横になる日々。

最初の頃はデイサービスに行くのは嫌がっていましたが、次第に嫌だとも言わなくなり(多分、拒否する元気もなくなったのかな…)、自ら施設に入りました。

施設に入るとやせ細り、今回の大腿骨骨折でさらに痩せてしまいました。

これまで祖母の事を思い浮かべるときは、いつも元気で気の強い祖母の姿が目に浮かびました。でも今回のお見舞いで昔と違いすぎる祖母に会い、まるで2人の祖母がいて、その2人がどんどん乖離していく感じがしました。

ふと、何の恩返しもできていない、感謝も伝えきれていない自分に危機感を覚えました。

それは悲しい哉、祖母がもう以前のような姿に戻ることはないんだって、確信してしまったってことなのかもしれない。

あと何回、祖母に会えるんだろう。

ひ孫を連れて祖母のお見舞いに行く。今の私にできることはきっとそれしかない。

車がだめなら(シートベルト外しちゃうからね)電車でもいいから、もっと頻繁に祖母に会いに行きたい、そう思いました。

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