分かれ道。

ひとつ前の記事で主観が大事と書いたばかりなんだけど、、

それとは矛盾するようなんだけど

やはり私自身は、、「常識的な感覚」というものが欲しくて、

それがあったらどんなにか生きやすいだろう、

人とかかわりやすいだろう、と思う。

 

自分には大事なものが欠落しているんじゃないか、、

物心ついた頃から、そのように感じる経験が多かった。

「こんな時、人々はこんな風に感じるし、これが正しい行動だよ。」というものが存在する気がする。

皆そのルールの中で生きている気がする。

いや、ルールじゃなくて、判断力といったほうが近いだろうか。

 

それをその人が知っている/持っているのはなぜなんだろう?

持って生まれたものなのか。

親をはじめとする先人や、友人から教わったのだろうか。

経験なのだろうか。努力なのだろうか。

どこに分かれ道があったのだろうか。

皆が持っているものを自分は持っていないような気がしてしまうのはなぜなんだろう。

なぜ私には無いのか。気づけないのか。感じられないのか。

当たり前のように持っていないのか。

いつからないのか。

 

過去を振り返ってもしょうがないけれど、

私の親は(私が言うのもなんだが)少し常識から逸脱したところがある気がする。

そういう親に育てられたから、私にも常識がないのだろうか。

それとも、もともと人と感じ方が違うからなのだろうか。

 

人と比べてもしょうがないのはわかってる。(そもそも“人”って誰だ?)

でもやはりどこかで、努力が足りなかったのだろうか、、と自責の念に駆られてしまう。

 

「あんた、それ人としてどうかと思うよ」

「普通の人です、みたいな顔してるなよ」

過去に人から言われた言葉。

10代の頃の話で、、もう今はそんな風に人から言われることはないのだけど。(夫を除く)

それでも、何かあるたびにその言葉たちがリフレインする。

 

こんな悲しいことを書いてしまって読んでくれた方には申し訳ないと思う。

でもちゃんと自分の中の矛盾も書いておきたかったから、書いておく。

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